経営者には「客観性」が必要である。

こんな問題が出されたとしよう
【日本の交通きかんの中には優先席を設けているものがある。しかし、このような席を設けずに、老人が乗車したら若者は席を立つべきだという主張もある。優先席を設けることの是非について論じなさない】

答えの例として・・・
優先座席の必要はない。
例えば、普通の席に座っている時に、目の前に老人や妊婦がいたとする。優先座席があったとしたら、多くの人はどうするか。席を譲らないと思う。一般席に座っている自分ではなく、優先座席に座っている人が譲るべきだと考えてしまうのではないだろうか。もしも優先席がなければどうだろうか。皆、自分がゆずらなければ、目の前にいる人は座れないと考えて席を譲るだろう。優先座席がなければ、各個人がもっと責任を持つようになる。優先座席がなくても、誰もがみんな思いやりを持って譲りあう社会になるべきだと私は思う。

この問題は、いわゆる「小論文」というやつで、これは東大の問題である。受験を受けたことがある人は懐かしいと思う。
さて、この問題に対する「答え」だが、一見するとそこそこ合っているように思うかもしれないが、現実は0点に近い。なぜか?それは、答えとして、自分のお気持ちを言っているだけで、問題にある「論ぜよ」という問いに対して回答していない。論じるとは、客観的に正当性を証明することである。

自分が正しい、と思っていることは本当に正しいのか。自分だけが正しいと思っているのではないだろうか。自分で考えることは、確かに大事なことだが、それは、誰の目から見ても正しいことなのか、この視点が大事である。特に経営においては、金融機関を説得しなくてはならない。「来年こそ利益は増える!」と伝えても、「それはあなたの思い込みではないですか?」と思われないために客観的証拠を集める必要がある。人を説得する、社員や取引先を説得するために、反対意見に対して、自分の考えだけではなく、客観的な意見も取り入れながら説得しなくては、ヒトは動かない。
経営者は、誰からも注意されない。誰からも怒られることがない。年に1回も怒られない。自分が正しいのか、間違っているのか、自分で決めるのではない。客観的に見て、誰が見ても、正しいと思うことをやらなくてはならない。そうならなければ、生き残る経営はできないのである。